ナレッジ・マネジメントでお施主様の暗黙知を共有する


会社そのものやプロジェクトが大きくなると、社員や、それにかかわるメンバーの間で情報や知識を共有しつづけることが難しくなります。そうした情報がうまく共有されていないと、重大な機会損失や障害が発生することがあります。
それを防止するために、情報の共有方法を考えるのがナレッジ・マネジメントという経営手法です。「ナレッジ(knowledge)」とは知識のことで、それまでばらばらに存在していた知識を集約し、必要なメンバーで共有すれば、生産性を高めることができるようになるだけでなく、企業価値そのものを高めることにもつながります。
また、住宅コンサルタントとして、お施主様が言葉にできなかった思いを共有することは、非常に大切です。
今回は、このナレッジ・マネジメントということについてご紹介していきましょう。

知識を共有して効率化するナレッジ・マネジメント

ナレッジ・マネジメントとは、要は、社員それぞれが持っている知識や情報を組織全体で共有して、有効に活用しよう!と働きかけ、それを仕組み化することです。
アナログな手法ですが、昔ながらの会社で行われている「朝礼」「全社会」といったものも、個々人の情報を参加者全員で共有する、ひとつのナレッジマネジメントの方法であるといえます。
一方、全社員のスケジュールや顧客情報などをオンライン上のデータベースとして構築することで、必要なメンバーがその情報を活用するといったデジタルなナレッジ・マネジメントの方法もあります。

「暗黙知」「形式知」とは?

他のメンバーや組織に伝達して共有するのが難しい、いわゆる「ベテランのカンや経験」と呼ばれるものがあります。企業風土や文化もこれに含まれます。日本では、ものづくりの現場において、こういった貴重な知識が豊富に存在しており、それがかつての日本企業の強みにもなっていたのです。

こういった「言葉で説明できない知識」のことを「暗黙知」、それに対して「言葉で説明できる知識」を「形式知」といいます。

形式知は、言語や数式や図表、データなどで客観的に表現できるものです。例えば、「自分の会社から顧客の会社までの道のり」などといったものは地図などで表すことができますし、コンビニの接客方法なども、マニュアルという文書によって定められていますから、こうしたものはすべて形式知であると言えます。

これに対して、暗黙知は、知識のうち、勘や直感、個人的洞察、経験に基づくノウハウです。言語や数式、図形などでは表現できない、主観的・身体的な知識です。いわば、「できるのに説明できない」「分かっているのにうまく言えない」というのが暗黙知なのです。

例えば、あなたは「自転車を操縦する方法」をうまく人に伝えることができるでしょうか(自転車に乗れない方、ごめんなさい)。ペダルへの足の乗せ方や、体重の移動の仕方、ハンドルでのバランスのとり方など、ひとつひとつの手順を説明することはできるかもしれませんが、それをどのように組み合わせれば、倒れないように自転車を漕げるのかということの説明は、大変難しいものになります。また、もし説明できたとしても膨大なものになってしまい、手とり足とり実地で教えるほうがずっと早いに違いありません。
自転車に乗れる人は、そのスキルを体得していて、説明できないながらも何かを「知っている」わけです。これが「暗黙知」です。他の例でいえば、「泳ぐ方法」なども暗黙知であると言えます。

ビジネスには、こうした暗黙知がたくさんあります。

しかし、こうした継承には膨大な時間がかかります。そして、終身雇用制度の事実上の崩壊、雇用形態の多様化などが進んだ現在では、伝統的な暗黙知が自然に継承されるのを待っているだけでは、企業に蓄積される知識を維持することは難しいと言えます。
もしこの暗黙知を組織的に共有することができれば、さらに高度な知識を生み出し、組織全体を知的に進化させることができるでしょう。

家づくりの現場は暗黙知だらけ

暗黙知は、それを知っている人が経験を通じて獲得した知識であることから、「経験知」とも言い換えられます。
暗黙知=経験知は、なぜ言葉では説明できないのでしょうか。

家づくりの現場で職人がしていることは、まさに暗黙知=経験知の塊です。家は木の乾燥や捻れ、瓦や材木の重み、さまざまな環境でバランスを保つものです。カンナさばきから木材の選び方まで、職人の行動ひとつひとつは、綿密な規則性や診断・推論を経ることなく、瞬時に答えを出しています。こうした暗黙知=経験知は、その職人が積んできた経験の結晶であるといえます。マニュアルのような形式知を経ることなく蓄積されたもので、独立した知識になっているのです。
しかし、その職人が何年もの下積みを経てそういった域に達しているように、暗黙知=経験知は伝承するのに時間がかかりますし、そういう経験を経てきた人だけが知っているというふうに、属人化してしまっているわけです。
代々伝わる職人の技などは、それでもいいかもしれませんが、社内のノウハウなどであればどうでしょうか。

独自の営業ノウハウをもっているような優れた営業担当者が、その営業の秘訣やノウハウを皆で共有すれば、全社的な営業成績の向上につなげることができるでしょう。
あるデータの保管場所や扱い方、ある業者への依頼の仕方、修正指示の出し方、得意先の担当者の人間性や好み、トラブルになりやすい事案やその対処法などといった情報、ノウハウを特定の人間しか知らなかったらどうなるでしょうか。その人間以外が対応に当たらなければならなくなったときに、そのことについて誰が詳しいかを聞いて回ったり、詳しい人間にあわてて連絡する、というようなことが、あなたの会社では起こっていませんか。
なんとなくマニュアル化できていない知識やノウハウ、そういった領域のスキルこそ、業務を円滑に回すために重要であることが多いのです。
こうした、表に出ることのない知識を、組織の財産として共有・活用するのが、ナレッジ・マネジメントなのです。

もちろん、すべての暗黙知を形式知に転換できるわけではありません。今日では、暗黙知を形式知へと転換するために統計学や人工知能を導入した方法も進化しています。
暗黙知を形式知へと転換・集積することで、作業のクオリティを向上させたり、従来は現場でベテランと一緒に働かなければ継承されなかったような技術を、短い期間に身に着けられるようになるのです。

ナレッジ・マネジメントのプロセス

企業内SNSやグループウェアなど、ITを駆使したナレッジ・マネジメントのソリューションもありますが、「動機」や「評価」などのように自動化できない部分もあります。
しかし、例えば、社員が毎日の仕事内容や気づいたこと、感じたことを日報としてまとめ、それを上司だけでなく同僚も部下も他の部署の社員も見られるようにすれば、暗黙知が形式知に変換されることになります。ナレッジ・マネジメントは、そんな小さなことからも始めることができます。

暗黙知を形式知へ転換するだけではまだ不十分です。先ほどの自転車の例でもわかる通り、自転車を乗りこなすコツを見聞きしただけでなく、それを自分で繰り返し練習することによって、だんだん自転車に乗るのがうまくなっていくのです。形式知をを実践し、血肉化していくことでこそ、共有された知識は有効です。

ここで、ナレッジ・マネジメントの第一人者である野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)による、SECIモデルというナレッジ・マネジメントのプロセスを紹介しましょう。

SECIモデルでは、暗黙知を業務や経営に活かすまでの過程を、4つの段階に分類しています。

第1段階 共同化 S(Socialization:暗黙知から暗黙知へ)

「暗黙知」を「暗黙知」のまま共有する段階です。経験そのものを共有しなければ、他人の思考プロセスに入り込むことは難しいとされています。
・先輩にその場面を再現してもらい、それを真似してみる
・顧客と実際に行った会話を口頭で共有する
・会議以外の場で、会社の事業や将来についてイメージを語り合う

第2段階 表出化 E(Externalization:暗黙知から形式知へ)

「暗黙知」を洗いだし、ふるいにかけ文章や図などの「形式知」へ転換する段階です。
暗黙知を、メタファーやアナロジー、コンセプト、仮説、モデルといった形にしていきます。これは共有する人間が集まってのミーティングなどによって実施します。
・「共同化」で出た話題を議題にかける
・顧客からの要望をリストにして報告し合う
・これから取り組む案件についてアイデア出しの会議を行い、意見を出し合う

第3段階 連結化 C(Combination:形式知から形式知へ)

「形式知」を分析したり組み合わせたりして新しい知識体系を作り出すプロセスです。
・業務フローやマニュアルに反映する
・データを分析し、ユーザーのニーズを探る

第4段階 内面化 I(Internalization・形式知から暗黙知へ)

作り出された新しい形式知を一人ひとりが身体化するプロセスです。これにより、その個人と所属する組織の知的資産となります。

住宅コンサルとして、お施主様の暗黙知を共有する

こういったプロセスは、住宅コンサルタントとして、お施主様の理想の家づくりをサポートしていく際にも応用できます。

家づくりにおいて、形式知とは住宅のスペックを表す図面やデータ等にあたり、暗黙知とはお施主様が漠然と考えている理想の家のイメージや、ご家族の要望などにあたります。

まずはじっくりとそのイメージについて話を聞くことで、お施主様と住宅コンサルタントの間で暗黙知を「共同化」し、それをリストにして、会社でアイディア出しの会議などを行うことで「表出化」します。そこから具体的な間取りなどの形に落とし込むことで「連結化」し、現場に落とし込むことで「内面化」していくわけです。

  1. 第1段階 共同化 S
    お施主様が理想としてイメージしている家づくりについて、じっくりと話を聞く
  2. 第2段階 表出化 E
    第1段階で聞いたことをリストにして、社内でアイディア出しの会議を行う
  3. 第3段階 連結化 C
    議論の結果をもとに、作る家の内容・仕様を決めていく
  4. 第4段階 内面化 I
    決めた内容をお施主様と共有し、現場とも共有することで、それを実現するための方法を全員が自然と考えるようになる

こういったプロセスを意識して行うことで、関係者がお施主様の理想のイメージを共有し、それに向かって発想したり実行していくという良いサイクルが生まれるでしょう。暗黙知が暗黙知のままにうまく伝わらず、満足できない家づくりが進んでしまうといったことを防げます。

まとめ

企業においても、個人においても、暗黙知というものは大きな財産であることには変わりありません。暗黙知の価値をよく理解し、共有をはかり、単純に形式知に変換することなく、組織としての暗黙知として一人ひとりが内面化することができれば、企業は大きく成長することができるでしょう。同じように、お施主様の暗黙知を正しく共有することが、満足される結果につながることは間違いありません。