最近、それを題材としたテレビドラマまで現れて、すっかり話題の「アドラー心理学」。
このアドラー心理学が、じつは建築の現場でも多いに役立つということをあなたはご存じでしょうか。
アドラー心理学は、自分の仕事への向き合い方をポジティブに変えたり、チームの意識をまとめたりする場合に非常に有効なのです。
コンサルタントとして現場に立っていると、辛いことや凹むことも多いと思います。口には出さなくとも、職人さんやお施主さんからその雰囲気が伝わってくると、外では涼しい顔をしていても、内心は消極的になってしまいますね。
しかしリーダーがそのような態度では、現場にも暗い空気が漂ってしまいます。「アドラー心理学」を用いて、自分のマイナス要素を根本から見直し、前向きに仕事に取り組める環境を作っていきましょう。
「アドラー心理学」とは、心理学の三大巨頭とも呼ばれる心理学者、アルフレッド・アドラーが提唱した考え方です。
この心理学の理論は、簡単に言うとすべての悩みをポジティブにしていく考え方で、過去に何があっても未来には何も影響がないと説くというものです。「原因(過去)」ではなく「目的(希望)」に意識を向ける考え方なのですね。
日本では、どちらかというと、失敗に対して「何でこうなったのか?」「原因はどこにあるのか?」というふうに過去を追及してしまう傾向にありますから、アドラー心理学の考え方は、ある意味新鮮なものと言えます。
「アドラー心理学」を身につけると、「何が問題か」ではなく、「何ができるか」「何をしたいのか」という前向きな考え方ができるようになります。
幅広い「アドラー心理学」の理論のすべてを身につけるようになるには、数年を要するとも言われていますが、ここでは、すぐにでも活用できる、ベースとなる理論の部分を紹介していきたいと思います。
では、早速、「アドラー心理学」について具体的に説明をしていきます。
「アドラー心理学」の理論は、
の5つの基本に上に、勇気づけという技法、共同体感覚という価値観で構成されています。
さあ、難しそうな言葉がたくさん出てきてしまいました。
これだけ聞くと、難しそうな心理学に感じてしまいますが、大丈夫です。一つずつ理解していけば、そこまで複雑なものではありません。
それではまずは「目的論」から見ていきましょう。建築の現場を例に、具体例を挙げて紹介していきます。
「目的論」は、アドラー心理学の中で最も頻繁に使われている理論です。
人は過去の経験に囚われて、自分が傷つかないように解釈し、自分を納得させているということが多々あります。しかし、この過去の原因となった出来事を、問題から切り離し、未来志向に変えることで、前向きな行動ができる――こういう理論です。
例えば、お施主さんにとある斬新な提案をしたけれど、過去に断られてしまった経験があるとしましょう。
するとあなたは、「自信満々だったこの案が却下され、傷ついた経験があるから、もう今後、斬新な提案すべきではない」と思いこんでしまうでしょう。
しかし、過去に斬新な提案を断られたからと言って、必ずしも次も同じ結果になるわけではありあませんね。それは、あなた自身が過去の経験に基づいて出した結論に過ぎません。
アドラー心理学は、変えられない過去の原因から「〜だから〇〇」と考えるのではなく、変えられる未来に向けて「〜したいから○○する」と考える未来志向です。
上の例でいえば、過去の出来事には一切触れずに、「お施主さんのために新たな提案をしたいから提案する」というように考えることになります。過去に提案を却下された原因を探るのではなく、未来に意識を変え、そのために自分はどうしたいのかを考え、それに向かった行動をとっていきます。
いきなり意識を変革することは難しいかもしれませんが、まずは、「どんな目的のためにこの行動をしているのか?」「どうすればうまくいくか?」と自分に問いかけてみれば、意識が未来へと向きやすくなりますよ。
「全体論」とは、理性と感情は分割させることはできないという考え方です。
コンサルタントだって人間ですから、ついつい感情的になってしまうこともあるかもしれません。「全体論」は、この感情を否定するわけではありません。感情は、あなたが目的を達成するための“道具”でしかないと考えるのです。
例えば、納期が迫る現場で、若手の職人さんがミスをしてしまったとします。
そのとき、ついあなたが怒鳴りつけてしまったと仮定しましょう。
アドラー心理学では、あなたは目的のために感情を使ったということになります。
さて、あなたの目的は何だったのでしょうか。
そんな目的が、あなたが怒鳴りつけた行動の裏に浮かび上がりますね。
あなたはこれらの目的を達成するために、「怒鳴りつける」という手段を選択したわけです。
わざわざ怒鳴りつけなくても、言葉で説明をすれば相手も分かってくれたかもしれません。そのほうがむしろ、相手もすぐに反省して、すぐにリカバリーに移ることができたかもしれません。
となると、「怒鳴りつける」という感情の選択は正しくなかったのかもしれません。
ただし、アドラー心理学では、この「怒鳴りつける」という感情を抑えるのではなく、価値観を変えることで解決するという考えを提唱しています。
例えば、あなたに「怒る」という感情が湧き上がる前には、「お施主さんに申し訳ないという気持ち」や「他の職人さんたちの手間を増やすことになって悲しい」という感情があったことでしょう。
では、その感情を「怒り」ではなく、「申し訳ない」「悲しい」という価値観に変えてみてはどうでしょうか。
これにより、相手にも上から目線ではなく同じ目線で話すことができ、相手からもずっと理解を得やすくなるのです。
すると、
「一つのミスが、もっと大きなミスにつながってしまいかねない。それに、お施主さんにも他の仲間にも申し訳ないよね。だから責任を持って、もう一度、一緒に作業にとりかかろう」
こんな声のかけ方が、結果的に出てきます。
その場ですぐに価値観を変え、「怒る」ことを抑えることは簡単ではありませんが、どんな人に対しても敬意を払って見ることができれば、周りの人は「敵」ではなく、友や仲間として見ることができるようになります。尊敬の対象であればこそ、その相手がどんな人であっても、学ぶことがあり、自分のプラスにもなるのではないでしょうか。
「認知論」とは、同じ出来事を経験しても感じ方は人それぞれ違う、という考え方です。
例えば、斬新だと思ったアイディアを過去に却下されたという経験のある人すべてが、それ以降、新たな提案をすることに消極的になってしまうわけではありません。100人のうち90人が「もう新しい提案をするのはやめよう」と思ってしまうかもしれませんが、残りの10人は、「もう一度チャレンジしてみよう」と思うかもしれないのです。100人全員が同じ考え方になることは、まずありません。
これはどういうことかというと、起こった過去の出来事を、それぞれの人間が「独自の解釈」によって捉えるため、考え方に多様性が出てくるということなのです。
これを逆に考えると、たとえどんな経験をしても、あなたの考え方次第で結果を変えることができるということになります。
すべては、「事実」と、あなたが独自で感じた「認知(感想)」を区別することから始まります。
例えば、「目的論」で例にあげた「自信満々だった提案が却下されて傷ついた」というケースで考えてみましょう。
「自信満々だった提案が却下された」のは「事実」で、「傷ついた」というのは「認知」になります。
この「認知」を感情から引き離すことで、本来の問題が明らかになり、シンプルに物事を見ることができます。
「傷ついた」のは過去のこととして捉えることができるので、未来のために自分がどうしたいのかという「目的」について意識が向いていくことになります。
感情に動かされてしまっては、伝えたいことがうまく伝わらない。そのことは「全体論」の部分で説明をしました。
感情を「認知」から切り離し、「事実」のみに焦点を当てて目的を定めるようにしてください。
「自己決定性」に関しては、自己啓発によって自分を高めるという要素が大半を占めます。
上に立つ者にとって自己啓発は必要不可欠です。ぜひこれを身につけ、成功を掴み取りましょう。
「自己決定性」の理論では、「人間は自分の運命の主人公である」という考えがベースになっています。
あなたが生まれつき手先の不器用な人だとします。どんな作業もこなす職人さんがいる中で、それがあなたのコンプレックスになっていて、周りの人に笑われた過去の経験から劣等感を持っていたとしましょう。
そうした問題に直面したとき、あなたには大きく分けて2つの選択肢があります。
一つ目は、「手先が不器用だから、現場にはできるだけ出ずに指示をしよう」という選択です。
もう一つの選択は、「手先が不器用な代わりに、スケジュールの調整や現場の状況を把握する、頭の回転の良さを活かそう」という考えをもつことです。
もちろん、後者の考え方がより前向きで、あなたにとってもプラスであることが理解していただけると思います。
ただし、ここで一番大切なのは、どちらの選択肢もあなた自身が選ぶことができるということです。
前向きな方向を選択することで、他者を悪者扱いすることがなくなる上に、自分も成功へと一歩近づくことができます。
問題に直面したら、どちらの選択肢が自分を成長させることができるのかということを冷静に整理してみてください。
人のあらゆる選択や悩みの根本には必ず相手がいる、という考え方が「対人関係論」です。
例えば先にあげた「手先が不器用」という悩みも、根本の部分には「周りにどう思われるか」と考えてしまうことから悩みに発展してしまうわけです。あらゆる行動には、つねに相手がいるのです。
この悩みに打ち勝つためには、悩みの根本となる「相手」の存在を一度無視して考えることです。
同じ例で引き続き考えてみましょう。
本来なら、手先が不器用な代わりに、その他のできることを実践していく方が望ましいことは明白なのですが、そのとき、「相手にどう思われるか」という余計な考えが浮かんできてしまいます。この考えが邪魔をして、正しい判断ができなくなってしまうわけです。この余計な考えを一度取っ払うことができれば、「自分は手先が不器用だけど、他にできることがある」「この悩みは大したことがない」という前向きな解決策を導き出すことができます。
相手の存在をいったん無視するからと言って、相手を邪険に扱うということにはなりません。
責任を自分に転換し、「自分で自分を縛っている」と考えること。
そして自分を否定することなく、加点方式で自分を信じて選択をするといいでしょう。
ここまでで、アドラー心理学の基本的な部分は理解できたことと思います。
アドラー心理学は、上で紹介したような理論すべてを組み合わせるわけではなく、適宜、当てはまる理論をピックアップして使っていくのですが、すべての理論に共通する考え方があります。
それが「勇気づけ」と「共同体感覚」です。
この2つの考え方についても、合わせて理解しておきましょう。
「勇気づけ」とは、その言葉通り、自分で自分を励ますことです。
アドラー心理学では、前述した5つの基本理論をもとに、「◯◯はダメ」ではなく「◯◯がよい」というふうにプラスの面に目を向けながら思考を進めていきます。「自分は◯◯ができない」と考えるのではなく、自分は「◯◯が得意だ」と考え、「自分にはたくさんの魅力や能力がある」と信じるのです。
こうした勇気づけは、どのようにすれば身につくでしょうか。
それには、つねに自分のいいところを見つけてあげることです。
アドラー心理学には、「人間は不完全で当たり前、不完全であるという勇気を持て」という勧めがあります。
完璧を目指そうとするから欠点が見えてきてネガティブな思考になってしまう。
しかし、あなたはあなたの最大の理解者なのです。
「ダメ出し」はひとまず置いておき、自分の長所ばかりに目を向けて見ましょう。
勇気づけは、他者との関係性を円滑にするためにも使えます。
自分に対してするように他者の長所を見つけてあげるだけではなく、“上から目線”ではなく、“横から目線”で「ありがとう」と感謝の気持ちを口にするという初歩的なことも大切です。それだけで、相手はあなたの敬意を感じとり、より近い距離感を共有できるのです。
さらに、相手が話している間は、あくまで相手主体を守り、口を挟まずに聞いてみましょう。
相手の話に口を挟むことを「勇気くじき」と言います。
いちいち口を挟まれることは、意図しなくても、ある意味、その話を否定することにつながってしまいます。それで相手もモチベーションを下げてしまい、最終的に自己否定に陥ってしまうのです。
チームのやる気を最大限に高めたいのであれば、できるだけ相手の意見にも耳を貸すようにしてください。
他者を勇気づけると、自分自身が勇気づけられることもあります。
「◯◯だからダメなんだ」ではなく「◯◯が素晴らしい」という加点方式で、つねに物事を捉えるようにしてみてくださいね。
「勇気づけ」に並んで、「共同体感覚」も、チームをまとめあげるために必要不可欠な要素です。
この「共同体感覚」は、次の3つの要素から構成されています。
自分が誰かの役に立っていると感じると、人は、やる気や自分の存在感を確認することができます。
そうした意識を一人ひとりが感じることができれば、誰もが前向きになり、チームワークが高まります。
それは必然的に良い仕事につながるはずです。
建築の現場には、職人さんや関連会社の人、それにお施主さんといった様々な立場の人たちがいます。
しかし、立場は違えど、全員が「良い家を建てる」という目標に向かっている一つのチームであるとも言えます。
それぞれに尊敬をし合い、自分がこのチームに必要だという意識を、あなたも含めて持つことができる環境を作りあげてください。
ここまで読んで、「アドラー心理学」について理解することができたでしょうか。
それぞれの理論について、できるかぎりわかりやすく例をあげて説明してきましたが、これらが実際にどのような場面で役に立つのか、最後にもう少し踏み込んで見ていきましょう。
「アドラー心理学」は、自己啓発にも、他者との人間関係の衝突を解決するためにも活用できます。
それぞれ例をあげながら、「アドラー心理学」を使った解決方法を紹介します。
発注ミスをしてしまったり、工程の計画が甘かったり……。
そんなミスをしてしまうことは、誰にでもありえます。どんなに気をつけていても、人間ならば仕方のないことと言えるでしょう。
でも、そこで「私は要領が悪いから」「また同じ失敗をするかもしれないから、この仕事には向いていないのかもしれない」と考えてしまっては、「アドラー心理学」の理論に背くことになります。
具体的にはどのように考えて、自分のモチベーションを上げていけばいいのでしょうか。
まず、「私は要領が悪いから」という考え方は、捨ててしまってください。
「自己決定性」と「勇気づけ」を活用して、まず、自分は要領が悪い代わりに何ができるのか、ということを考えます。
要領が悪いけれど、もしかしたら細かな計画をすることには長けているかもしれません。誰よりも早めに現場に出ることで、現状を把握できる力を持っているのかもしれません。
そのように、「できないこと」ではなく、「できること」に目を向けていきます。その答えを導き出すときに、否定するのではなく、自分の良さを認める形で、加点方式に意識を持っていきます。
これで、未来に何をすべきなのか、とるべき前向きな行動が分かってきますね。それがあなたを成功に近づける一つの結論なのです。
同じように、「同じ失敗をするかもしれないからこの仕事には向いていないのかもしれない」という考え方も捨ててしまいましょう。過去に原因を押しつけているようでは、あなたが描く目的(希望)は決して達成できません。
「◯◯だから」ではなく、「将来この地域で1番のコンサルタントになりたいから、今は◯◯をする」というように、「◯◯したい」という目的を軸にすれば、その問題を乗り越えることができます。「◯◯」は、勉強でも構いませんし、職人さんなど身近な人にアドバイスを求めることでもいいでしょう。つねにプラスの思考で、物事に取り組んでみてください。
もし、あなたがいくつもの現場を担当しているコンサルタントなら、場合によっては現場を代理に任せることもあるかもしれません。掛け持ちまでいかなくても、他の作業で忙しいときに、ある作業を誰かに任せることはあるでしょう。
そのあなたの代わりをした人が、発注ミスをしてしまったとしましょう。
そのミスのせいで工期も遅れ、いろいろな人に迷惑をかけてしまう結果になってしまいました。
あなたはお施主さんに申し訳ないという気持ちから、その人に向かって怒鳴りつけてしまうかもしれません。関連会社に対しても、なぜおかしいと思ってくれなかったのか、怒りが沸いてくることもあるでしょう。
こんな時こそ、「アドラー心理学」にのっとって、冷静に物事をみてください。
まず、あなたに沸きあがってきたその「怒り」。その「怒り」の原因を「全体論」を使って分析してみましょう。
あなたが思わず怒鳴りつけた理由は、「このミスがどれほどの損益を出すのか」「どれくらいの人に迷惑がかかるのか」ということを相手に伝えたかったからだと思います。その根底には、お施主さんや他の職人さんたちに申し訳ないという気持ちがあります。
ならば、その感情を「怒り」という形で伝えるのではなく、怒りの前にある「価値観」で伝えてみてください。
「このミスが出す損益で会社に負担がかかってしまうし、納期も遅れるからお施主さんにも申し訳ないよね」
この時に大切なのは、「共同体感覚」を意識することです。
チームの一員であるということを否定せず、相手の長所も大切にしながら、言いたいことを伝えましょう。
最後に「頑張って」と一言添える代わりに、相手と同じ目線に立って「一緒に頑張ろう」と勇気づけ、問題に向き合うこともいいでしょう。怒りたくなってしまう気持ちはわかりますが、その怒りの「前提」に何があるのか、日ごろから注目してみてくださいね。
「アドラー心理学」は、それを紹介する本や、題材となっているドラマなどが話題となり、多くの人が聞いたことのある言葉です。
しかし、いざ蓋を開けてみると、その内容の幅の広さに、思わず難しく捉えてしまう人も多いようです。
まずはこの記事に書いたことを実践し、できることから始めていきましょう。
効果は必ず目に見えてあらわれるはずです。